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著者:劇団TAWASHI 原案:高橋 佑輔

 

「そんなに転校するなんて、かわいそうだね」

5回目の転校が決まったとき、あるクラスメイトの女の子が言った。小学5年生のとだった。名前は憶えていないけれど、わたしのことを心底憐れんでいる顔はいまでも忘れない。余計なお世話だっつの。

「転校したらぜったいに連絡するからね」

これは7回目の転校先だったかな。その子から一度も連絡は来ていない。まあそんなもんでしょう。

「カエデちゃんってすっごい大人っぽいよね」

9回目の転校がきまったとき。高校1年生。あんたらが幼すぎるんじゃない?――って言い返したら、どんなことになっていたのだろう。どうもならないか。別に仲良かったわけではないし。

今年の2月、ついにわたしは10回目の転校をする。今回は千葉だった。関東はいつぶりだろう。4回目のとき以来かな。ああ、すばらしきわたしの転校人生。そしてさらば、9回目のクラスメイトたち。いつも誰か一緒で、誰かと同じで、誰かに認められなければ生きていけない人たちよ。

「それが大衆というものだ」

引っ越しの前日、父が偉そうにワインを飲みながら言った。わたしを“学校根無し草”にしている張本人だ。仕事はスタジオミュージシャンで、昔はそこそこ有名なバンドメンバーだったらしい。

「大衆?」わたしは特注寿司をほおばりながらたずねた。父は酔いがまわると、いつも小難しいことを言いだす。「海のまにまにただよう浮き輪のようなやつらさ」

ハアン。ありがとう、あいかわらず意味わかんない。

父はいま、全国で仕事をしている。おとなしく東京で仕事をしてくれたらいいのに、あえて東京から離れた生活を選ぶ困った人だ。「今年は東側に引力を感じる」「西側に住んだほうがいい曲ができそう」とか、そのときのノリや勢いで住む場所を変えてしまうデタラメな人なのだ。

浮き輪のような人生って、まさに父のことじゃないのかな。

「ところでな、これで最後の引越しになるかもしれない」

父は空になったワインガラスをじっと見つめて言った。

その言葉にはきっと色んな意味が詰まってるんだろうなと直感した。わたしはちょっと間をおいて言った。

「ようやく仕事場がきまったの?」

皮肉のつもりで言ったけれど、どう伝わっただろうか。

「そろそろ引退しようかなって」

「なんで?」

父は動き続けなければ死んでしまうマグロのような人だった。仕事イコール人生の生き方しかできない。だからこれからも動き続けなければならないはずなのだ。

「若い頃みたいにシャカリキになって働くのがしんどくなったのと、あと、うんあれだな。なんつーかこう、な?」父の口はもごもごと動いた。「おまえに対して、その、いままで申し訳なかったなって気持ちがさ。あるわけよ」

「なに?申し訳ないって」

そんな言葉は聞きたくなかった。

父は黙った。久々の父の顔をまじまじと見た気がした。浅黒くて肌にハリツヤがあるイメージが強かったけれど、すごく老けてみえた。

「転校ばっかりで、迷惑かけたなと思って」

いまさらそんなこと聞きたくない。わたしと母は、それをわかったうえでついてきたのに。

父はすごく不器用な人で、仕事と生活の両立がてんでダメな人だった。でも父には素晴らしい才能があった。母はそんな父だとわかってずっと着いてきたし、わたしもそんな父をかっこいいと思っていた。テレビで有名アーティストがチラッと父の名前を口にするとき、それはそれは誇らしい気持ちになっていた。

「どうしたの?仕事で何かあったの?」

父が急速に色褪せていって、この世から消えて無くなってしまう恐ろしさをおぼえた。

「仕事ではいつも何かあるものさ」父は苦笑いを浮かべた。「芸能の世界だからな」

「どうしたの?いつになく弱気じゃん」

「去年か一昨年だったか、カエデが“友達はいらない”って言ったのを憶えているか?」

急にわたしの話になったので言葉の意味を噛み砕くのに数秒かかった。

「うん」

確かに言った。珍しく三人揃って夕食食べている時だったと思う。どういう文脈でその言葉を言ったのかは憶えていないけれど、とくに他意があったわけでなかった。普通に本心だったし。“醤油とって”くらいのノリだったんじゃないかな。

「自分で言うのもなんだが、俺は超わがままで好き勝手に生きてきたし、普通の父親に比べたら、かなりまともじゃないことは自覚してる。まあダメ人間ですわ」

そんなことはない。父はたくさんの人に影響を与えてきた。って言いたかったけれど、本人に直接言うのは気恥ずかしくてできなかった。

「これでも父さんな、“友達いらない”っておまえに言わせたことに、すごい責任感じてんのよ」

「そんな深刻に捉えないでよ」わたしは笑い飛ばそうとした。「友達いなくても楽しくやってるんだからさ」

「友達いらないって言ったことが転校のせいだと思ってるなら、とんだ勘違いだよ」わたしは笑って言った。

そして4月。わたしは業園高校にやってきた。クラスメイトは歓迎するというよりはむしろ、こんな時期に転校してきたわたしを奇特な目で見るのだった。うむ、それくらいの温度感が心地よい。

「短い間ですが、よろしく」

まばらな拍手。担任の蟹江先生に言われるがまま、つかつか歩いて指定の席についた。

わたしの席の斜め前に、空席があった。

「なんだ、ゴーリキは今日もサボりか」蟹江先生はその空席を確認するなりため息をついて、「三河ぁ、どうなってんだ~?」と悪態をついた。

ゴーリキってまた強そうな名前だなあと思っていると、「わたしに言われても……」と三河と呼ばれる子は気まずそうに言った。

「アンズはお世話係だもんね」周りの女の子がくすくす笑った。

授業は淡々と進んだ。わたしは完全に空気だった。とくに仲良くする気はないんで、極力わたしには構わないでくださいーーとまではさすがに言わなかったけれど、話しかけんなオーラが伝わったのか、誰からも話しかけられることはなかった。

ところが放課後、ある女の子から突然話しかけられた。

「静田さん、わからないことあったらいつでも言ってね」

「あ、ども……」

「わたし三河アンズ。よろしくね」

「よ、よろしく」

話かけんなオーラが通用しないだと?わたしは不覚にも動揺してしまった。

「クラスはいま、受験でピリピリしてるかもしれないけれど、気にしないでね」

三河さんは気品があるというか、賢そうな子だなあと思った。いかにも友達が多そうなタイプ。でも、この手の人間はさんざん知っているつもりだ。一人でいるわたしを哀れに思ったに違いないのだ。

学校を出ると、わたしはバスに乗って中心街まで出た。街ブラで暇つぶしだ。

信号を待っていると、わたしの前にいた二人の男子学生の会話が耳に入ってきた。エナメルのバッグを肩がけしている。なんとなく中学生かなと思った。二人はとりとめのない会話をしていた。動画サイトの話、マンガの話、昨日の夕ご飯の話、担任の話、エトセトラ、エトセトラ。とくに中身のある会話でもない。言葉が上滑りした、浅い会話。なにが楽しいのだろう。

信号が青になって歩く。方向が同じだったので、しばらく二人の学生の後ろを歩いた。彼らは週末に遊ぶ約束をしていた。やっぱり友達だったんだ。

でもあんな会話をするくらいなら、友達じゃなくてもいいよなあ。あの関係を友達と言うなら、やっぱりわたしには理解できない。

おもむろにゲーセンに来た。とくにやりたいゲームなんてなかったけれど、昔よく父にゲーセンに連れてきてもらった。だからなんとなく。

誰もいないメダルゲームコーナーでとりあえずワンゲーム。あれ、けっこう面白いかも。

「クラモト、次はあれやろうぜ」

声のするほうをみた。男子学生が5人。うちの制服だった。

クラモトと呼ばれるその男子学生は、仲間に言われるがまま、財布から硬貨を取り出した。仕方ないな、とクラモトは笑っていた。

どうみてもお金をせびられていた。

「えー、もうクレジットないの?」

「わりわり、これ以上はバス代なくなるわ」

「せっかくゲーセン連れて来たのに」

「しらけるわー」

おーおー、好き勝手言いなさる。

逡巡したあと、クラモトは言った。「……カネおろしてこようかな」

「さすがクラモトさん!」

男子たちはわきあがった。

しかしそのときだった。

「ちょっとまった。あんたら、やりすぎじゃないの」

「誰だよあんた」

「レイナ。業力レイナ」

わたしはハッとした。あれがゴーリキか。大きいツインテールで、目がくりっとしているが、目の奥に強い意志が宿っているようで、とても気の強そうな子だった。

「いや誰だか知らんけどさ。関係ないだろ」

「関係あるよ。同じ学校なんだし」

「何が言いてえの?」

「あのクラモトってやつからカネ巻き上げてんだろ。やめとけや」

「はあ?うるせえな、関係ないだろ」

「じゃあお前らはクラモトってやつとなんの関係あるんだよ」

「友達だよ」

「そんなん友達じゃねー」

するとレイナはわたしのほうをみて、「なあ?あんなの友達じゃねーよな?」

え、わたし?うそでしょ。

「え?はあ。まあ……その」

「あんたも同じ学校の制服なんだから、助けてやりなよ。って、そんな奴いねーか、ふつー」

「おい、もういこーぜ」

「……たしかに。なんかしらけたわ」

「ヒーロー気取りかよ、きもちわりー」

男子学生たちはぞろぞろとゲーセンを出て行った。

あー、行っちゃった。わたしは茫然と彼らの背中を見送った。それからすぐ、クラモトってやつが戻ってきた。

仲間がいなくなったもんで、きょろきょろあたりを見渡している。

きょとんとしているクラモトにレイナは事情を話すと、彼はあわてて男子学生たちの後を追っていった。

「ばかだねえ、あいつも。あんなやつらと付き合っても、なーんも楽しくないじゃんね」レイナはわたしを見た。「ところであんた、うちの学校の3年だよね?静田カエデ……」

レイナはわたしの名札と顔をしげしげとながめて「そんな人いたっけ?」

ゲーセンの帰り、まったく望んでいない流れだったけれど、わたしは業力レイナと一緒に歩いていた。バスの方向が同じだからだ。

「ふうん。カエデは転校しまくり人生なんだね」

「まあね」

いつもの流れなら、ここで“かわいそう”とか“つらくない?”ってセリフが来るはずだった。けれど、レイナは違った。

「いろんなところに住んでいる人と関われるって、楽しそうだなあ」

「どういう意味?」

「あたしさー、ずっと千葉に住んでるわけ。だから、あたしの人生はこのままいけば一生、千葉で終わっちゃうわけじゃん。なんかちっぽけだなって思うんだよね。でもカエデって、鹿児島とか北海道の人と関わってきたわけでしょ。それってすごいことじゃない?」

うーん、そうか?そうなのか?そんなこと考えたこともなかったから、思考が停止した。

「東京いけば色んな出身の人と関われるのでは?」苦し紛れにわたしは言った。

「そういうことじゃねーんだわ」レイナは笑った。「でもカエデって、面白い雰囲気あるよ。大人っぽく見える。きっと色んな人に出会って、色んな経験を積んだからなのかもなあ」

「別に色んな人に出会ってもいないし、色んな経験も積んでないよ」わたしは言った。「友達って呼べる人もいなかったしね」

「それって、カエデが自分でそう思っていただけじゃねー?」レイナはくりんとした目でわたしの顔をのぞいた。心の奥を覗かれているような感覚になった。

「いや、友達はいなかったよ。欲しくもなかったし」咄嗟に言葉が出た。

するとレイナは“ふっ”とほくそ笑んだ表情をした。なんか無性にイラついた。

「あたしの信条はさ」レイナは言った。「“出会う人はみんなダチ”なんだよね」

「そんな陽キャみたいなやつ、ほんとにいるんだ」わたしは呆れた。でもレイナなら本気でそう思っている気がした。

「あのゲーセンの男子学生の連中も、クラモトっていうやつも含めて、みんなとダチになりたい思っている」

「“あんなの友達じゃねー”って言ってたくせに?」

「うん」レイナはさも当然のように答えた。「あたしは、あたしと関わったやつみんな好きになりてーのよ」

「突き抜けたアホだね」わたしは笑った。でも、しょせんはきれいごと、偽善にすぎないと思った。口ではいくらでも言えるってこと、わたしは知っている。たぶんレイナよりもずっと知っている。

バス停についた。レイナとは違う路線なので、ここでお別れだった。

「それじゃあわたしはここで」わたしは歩みを止めて言った。

隣を歩いていたレイナは数歩進んで振り向いた。「お?おー。カエデはこのバスに乗るんか」

「そっか。それじゃあまた来週な」レイナは白い歯を見せ、そのまま振り返ることなく、すたすたと大股で歩いて行ってしまった。

そうだった。レイナとは同じクラスなんだから、学校に行けば顔を合わせることになるのか。

「うそ」

月曜日の午後のことだった。

移動教室が終わってクラスに戻ると、カバンにつけていたピックのキーホルダーがなくなっていた。父親からもらったピックだった。彼がバンド現役時代に使っていて、「いつかプレミアがつくぞ」なんて本人は冗談めかして言っていた。

めちゃ大事にしていたわけじゃないけれど、けっこう気に入っていたピックのキーホルダー。ないわけがない。少なくとも登校したときまではたしかにカバンについていた。

「あ……」

ストラップが引きちぎられていた。そこから先がない。

あれあれ?これっていじめってやつ?

あまりに露骨なやり方。はじめてのことでわたしの心臓がバクバク鳴った。誰もいないうちに、ゴミ箱を見てみた。中身はからっぽだった。

教室にどんどんクラスメイトが入ってきた。わたしは平然を装って席に戻り、次の授業の準備をした。

6限目は化学だった。まったく頭に入ってこなかった。長い転校人生のなかで、目立たないように生きてきたはずだった。ましてやいじめの対象にならないよう、慎ましく生きてきた。そのはずだった。

情けないやら、悲しいやら、怖いやらで、感情がぐちゃぐちゃになった。そしてだんだん、父親に申し訳ないという気持ちに変わっていった。まったく頭に入ってこない教科書の文字がぼやりとにじんできた。

ホームルームが終わると、わたしはそそくさと教室を出てトイレにこもった。人気が少なくなったら、望みをかけてピックを探すつもりだった。もうどうせ見つからないと思っていたが、あきらめたくはなかった。まずはどこから探そうかなんて、順番を考えていた。このトイレにこもり続けていたら、犯人がぼそっとヒントを漏らさないかなんて考えもしたけれど、そんな都合のいいイベントは起きなかった。

そっとトイレから出て、廊下をとぼとぼ歩いた。ダメ元でいい。とりあえずピックを探さなくちゃ。

探す?探すってどこを?

足が止まった。

ストラップから先が引きちぎられている。盗まれたかもしれないし、その辺の道に捨てられているのかもしれない。そもそも見つかりっこないのでは?よくよく考えてみたら、はなから可能性は絶望的なのではないかと思った。

とうとうわたしは一人でグスグスしだした。

「どーしたんだよ」

後ろから急に声をかけられて、わたしはびくっとした。

「なにめそめそしてんの?」

うわー、よりによってこの子か……。

声をかけてきたのは、業力レイナだった。

ずびびっと鼻をすすって、わたしは言った。「今日、学校いなかったね」

「今日は自主休校ってやつよ」レイナは笑った。「でも先生に呼び出された。さっきまで親と一緒だったんだよね」

相変わらずめちゃくちゃなノリで生きてんなと思った。

「で、どーしたよ?いじめられたんか?」

ぐさっと本質突いてくるな。まあ、このシチュエーションならそう考えるのかな。

わたしは観念して事情を説明した。

「よし、いっちょ探しますか」

「探すってどこを?」

「思い当たるところ全部」

「いいよ、もう時間も遅いし」

「なんでカエデが諦めてんだよ。あたしがバカみたいじゃん」

レイナはずかずかと廊下を進んだ。

わたしはとりあえず後ろをついていくしかなかった。

落とし物コーナーも行ったし、一応、1階から4階までは調べた。やはり見つからない。学校を出たときには、もうすっかり日が暮れかけて、足元を見るのも灯りが必要なくらいだった。

「どうしてここまでしてくれるの?友達じゃないのに」

レイナは当然のように答えた。「親父さんから貰った大事なものなんだろ?で、それを無くしましたと。大変じゃん。親父さんが悲しむじゃん。だから探しましょうってこと。それだけだけど、そんなに変か?」

わたしは何も言い返せなかった。

情けないことに、わたしはすっかりピックを探すのをあきらめていた。見つかりっこないと思って、とぼとぼレイナの後ろをついて歩くしかなかった。向かう先はなんとなくバス停だった。ところがレイナはまだあきらめていない様子で、右に左に目をこらしながら歩いている。

「これじゃねーかな」

その言葉に一瞬頭が真っ白になった。そんなはずはと思ってレイナに駆け寄ると、たしかにピックだった。

「うそ……」

したり顔のレイナが言った。「こういうことするようなやつはな、性格ひんまがってるわけよ。だから目につくところに捨ててるかもなーって思ってさ」

あんた頭いいね。あーやばい、いま超泣きそう。色んな感情ぐっちゃぐちゃ。泣いていいすか?

「ありがとう。本当にありがとう」

「マジよかったじゃん。これからは無くさないようにしまっておきなよ」

「あの、何かお礼させてほしい。でもこういうときってどうすればいいかわかんなくて」

「んじゃあ、パンケーキ!パンケーキおごってよ」がはは、とレイナは笑った。

「そんなのでいいの?お金とかでお礼したほうが・・・」

「あったまかてーな」レイナは背中をバシバシ叩いた。「とりあえずさ、悪い奴もいたもんだよね。受験でストレスたまってんのかね?どうする?犯人さがしてしばいとく?」

わたしは迷った。犯人にはむかつくけど、いまはとにかくピックが見つかってホッとしたという感情で胸がいっぱいだった。

「カエデはそういうことするタイプじゃないか」レイナは言った。「そんなつまんねーやつのことは放っておいてさ、あたしらと過ごせばいいもんね」

「え?」

「カエデがいると、退屈しなさそうだし。今度、友達紹介するよ。アンズとか」

「アンズって子、このまえ話しかけてくれた」

「そっか、そっか。なら、話は早いな!」レイナは大きく伸びをした。「さっそくだけど、明日の放課後、カラオケいかね?」

「え、でもわたし、カラオケなんてほとんど行ったことなくて……」

「これからたくさん行けばいいじゃん」カエデは笑った。「これから高三の夏休みが待ってんだからさ、いろいろやっとかないとね。今年は海行きたいなあ」

レイナがげらげら笑いながらしゃべっている姿を見ていると、不思議と元気が出てきた。明日から学校に行くのがすごく憂鬱に感じていたけれど、レイナがいるなら何も怖くないと思えた。

「よーし、そろそろあたしも、真面目に登校すっかな!」

「ほんと?」

「明日から一緒に学校いこう。待ち合わせしよう」

「うん」

今日はジェットコースターみたいに感情が動いた日だった。帰りのバスで席に座ると、どっと疲れがこみあげてきた。頭がぼーっとした。でもなぜだか心地よかった。いじめにあったはずなのに、その出来事が取るに足らないささいなことのように思えた。業力レイナかあ。明日も会えるんだ。わたしはイヤホンを取り出して、再生ボタンを押した。何年かぶりに、無性に父の曲が聴きたくなったのだ。

ーーーーー


やれやれ、昨日は大変だったな。先生に学校に呼ばれるわ、親にさぼりがバレるわ、おまけにピック探しするわで、まあ色々あった。

「レイナ、今日はめずらしく早いじゃん。なに企んでんの?」

親友のアンズがいぶかしそうな顔でこっちを見てきた。

「そろそろ真面目に学校に行こうかなって思ってさ」

「どういう風のふきまわし?」

「おもしれーやつ見つけたんだよね」

「カエデって子?」

……げ。なんでわかるんだよこいつ。

「えー。なんで当てちゃうんだよアンズ」

アンズはくすくす笑った。「だってレイナに似てるんだもん」

「そうかあ?」

「わたしこの前、ちょっとだけ話しかけてみたんだ。すごく寂しそうにしてたから」

10回も転校を繰り返してきたんだ。そりゃ寂しいに決まってるよな。きっとこれまで出会ってきたクラスメイトも、同じ気持ちだったんじゃないかな。

「本人は強がってるけど、表情で丸わかりなんだよな」

「かもね」

「今日の放課後、カエデを誘って遊びにいこーか」

「いいね!アカネも誘う?」

「久々に全員集合だな」

「レイナが普通に登校すれば毎日全員集合なんだけどね」

「うるせー」

「あ、カエデちゃんだ」

アンズの視線の先には、静田カエデがいた。時計をみながらソワソワしている。あたしを待っているんだろう。さて、どんな登場の仕方をしてやろうかな。背中をばしっと叩いてやるか、後ろから大声を出して脅かしてやろうか。それともあえてアンズに声をかけさせてみても面白いリアクションが見れそうだぞ。

まあとにかく、今日は楽しい一日になりそうだ。


ーーーEND

『キラークイーン/Beyond School』

公式予告編

2024 / 73min / カラー / DCP / 2.39:1 / Sci-Fi, Action

キラークイーン/Beyond School

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